かつて、日本の豚の80%以上がこの品種でした。いまや、生産農家はたった3戸。流通量は全体の0.001%以下。その名は「中ヨークシャー種」——日本の食卓を長年支えながら、経済の波に飲まれて消えかけた幻の豚です。
かつて「日本の豚の顔」だった
中ヨークシャー種はイギリス原産の中型の白い豚です。明治時代に日本へ渡来し、戦後の昭和30年代には全国の飼養頭数の80%以上を占めていました。つまりその時代、日本で食べられていた豚肉の大半はこの品種だったということです。
「豚肉といえば中ヨークシャー」という時代が、確かにありました。昭和37年(1962年)のピーク時には、血統登録された豚の82%がこの品種。それほど日本の養豚を支えた存在でした。
なぜ消えたのか
転機は昭和36年(1961年)です。経済効率に優れたランドレース種が日本に輸入され、その後も大型種が次々と入ってきました。高度経済成長期、日本の養豚は「いかに早く、大きく、安く育てるか」を求める方向に舵を切ります。
そこで中ヨークシャー種は致命的な弱点を露呈しました。発育が遅く、体が小さく、飼育コストが高い。肉質はどの品種よりも優れていましたが、「美味しさより効率」の時代には勝てなかったのです。
1999年に日本で新たに血統登録された中ヨークシャー種は、なんとわずか15頭。その年の登録数全体の0.1%です。わずか40年足らずで、80%から0.1%へ。これほど劇的な転落はほかに例がありません。
今や生産農家はたった3戸
現在、純粋な中ヨークシャー種を飼育している農家は日本全国でわずか3戸。世界を見渡しても、日本とイギリスでしか生産されておらず、原産国イギリスでも絶滅の危機に瀕しています。
かつて一世を風靡した品種が、今や希少種保存活動の対象になっている。この事実を知ったとき、「美味しさ」と「経済合理性」の間で何かが失われていったのだと感じます。
それでも残った理由——肉質が別格だから
では、なぜ3戸の農家はそれでも育て続けているのか。答えは肉質です。中ヨークシャー種は、現在流通しているすべての豚品種の中で最も筋繊維が細かく、やわらかい肉質を持つとされています。脂肪の質にも優れ、口に入れた瞬間からとろけるような食感があります。
効率を追い求めた時代に置き去りにされた品種が、今まさに「食味の良さ」で見直されています。高級レストランのシェフたちが中ヨークシャー種を求めて生産者を訪ね、「幻の豚」として食卓に復活しているのです。
中ヨークシャー種を味わえるブランド豚
ダイヤモンドポーク(千葉県)
千葉県北総地域で細々と守り続けられてきた中ヨークシャー種を使ったブランド豚。2008年に流通がスタートし、幻の品種を食卓に届ける数少ない存在として注目を集めています。ダイヤモンドポークの記事はこちら。
富士幻豚(静岡県)
富士山麓で育てられた中ヨークシャー種ベースのブランド豚。「幻豚」という名がそのまま品種の希少さを物語っています。取り扱い店舗は限られており、出会えたら迷わず食べたい一品です。富士幻豚の記事はこちら。
高座豚(神奈川県)
神奈川県綾瀬市・藤沢市周辺で育てられる中ヨークシャー種由来のブランド豚。昭和初期に「高座郡の豚」として全国肉畜博覧会で上位を独占したほどの名品でしたが、1970年代にはほぼ絶滅。ところが1985年、地元の養豚家たちがイギリスまで渡ってヨークシャー種を買い付け、約20年をかけて復活させました。情熱と執念が生んだ一頭です。高座豚の記事はこちら。
中ヨークシャー種をどう食べるか
筋繊維が細かくやわらかい肉質を活かすなら、シンプルな調理が一番です。素材の味を殺さないよう、塩と胡椒だけのソテー、あるいは薄切りでしゃぶしゃぶにすると、口の中で広がる旨みをそのまま感じることができます。
とんかつにしても絶品です。やわらかい肉質と上質な脂が揚げることで凝縮され、衣を一口かじった瞬間に肉汁があふれ出します。出会える機会は少ないですが、だからこそ食べたときの感動がひとしおです。
まとめ
中ヨークシャー種は、日本の養豚の歴史そのものです。80%から0.001%へ——その転落は、経済効率が「美味しさ」を追い越した時代の象徴でもあります。しかし今、少数の生産者がその味を守り続け、高級レストランで再評価されています。
もし食卓で「中ヨークシャー」という文字を見かけたら、それはとても運がいい日です。ぜひ、一口目から丁寧に味わってみてください。
出典
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